稜線に吹く風のむこうへ

その場所だけにしかない風景と出会うために山へ。写真で綴る山登りの記録と記憶。

北穂高岳 - 自分史上最大の挑戦、目映い残雪の穂高へ(Day2)

 

(5/11) 上高地 → 横尾 → 涸沢(涸沢ヒュッテ 泊)
(5/12) 涸沢 → 北穂高岳 → 涸沢 → 上高地


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2日目の朝が来た。
朝弁当を食べて小屋を出ると、涸沢カールが静かに白々と明けて来ていた。


日の出の方向には薄いけど雲が…。
涸沢カールのモルゲンロートは期待した楽しみのひとつだが、これだと少し厳しそうか?


しばらくすると、カールの上部に陽が差し込んで来た。


どこまで染まってくれるか、固唾を飲んで眺める。


ほんのり少しだけ赤みがかった雪面。
刻々と変化する山の表情を見ているのは、本当に飽きない。
特に朝と夕方は、ゆっくりだけど確実に時が流れていることを実感できて、とても特別な時間に感じる。


これから登る北穂高岳にも陽が当たる。
ちなみに、目指す山頂は手前の大きな頂ではなく、右奥に見えるピークになる。


今回、最大の色づきは、こんな具合だった。
モルゲンロートと言えるほどではなかったが、くっきり映る稜線の影がいい感じで、これはこれで十分に満足できる風景だった。


5:10 涸沢(出発)
さあ、いよいよ北穂高岳へアタック開始である。
数名、先行している登山者が見えるが、それだけで少し心強い。


涸沢小屋を過ぎた段階から、すぐに急斜面が始まる。
まぁ、ここはまだ序の口も序の口なのだが。
北穂沢の中央はデブリが散らかっているので、左寄りのルートを選んで登って行く。


左側に広がる奥穂高岳の雪景色が美しすぎる。


事前に予習していたルートは北穂沢の真ん中を突き上げるものだったが、大きなデブリを避けるように、トレースは島のような岩場の間を抜けて行っていた。
ここはトレースに習って進むことに。
今朝の冷え込みはそれほどではなかったが、雪はそれなりに締まってくれていて歩きやすい。


岩の間を抜けると、一段、斜度がきつくなった感じ。
周囲にはあちこちにデブリがあるので、どこで雪崩が起きてもおかしくはないに違いない。
緊張感を持って登って行く。
それでも、背後の景色が雄大すぎて、顔がにやけてしまう。


涸沢がどんどん小さくなって行く。
距離に対して高度の上げ具合が半端ない。
ここから見ると、ヒュッテの位置って雪崩は大丈夫なのか心配になってしまう。


夏期ルートは左側の南陵を登るが、積雪期はそのまま沢を詰めて行く。
このあたりは陽が雲に隠れてしまい、写真映りがちょっと暗めで残念。
でも、雪が緩まず、コンディション的には良かったのかも。


目の前のM字に見えるインゼルと呼ばれる岩場。
予習だと左側を巻いて登って行くのだが、トレースは右側がに続いている。
左側は斜面からの落石が心配になるが、インゼルの右側は直上の小屋からの落雪があって、それを避ける意味で左側ルートがリスクが低いらしい。
ここはかなり悩んだが、先行者の見える右側に進むことに。


ここからが本当の頑張りどころ。
体感的には45度に近い急斜面が続く。


穂高の北尾根の背後には富士山や南アルプス八ヶ岳が見えている。


富士山と南アルプスは甲斐駒、北岳塩見岳赤石岳ぐらいまでの大パノラマ。


このあたりが一番キツかったところ。
自分史上、最もつらい登りだったかも知れない。


もう少しでインゼル(写真左側の岩)の上部に到達。
でも、あと少しが全然、縮まらない現実…。


写真だけ見れば格好いいけど、とにかく必死だった。
今、改めてみると、良くこんなところ登ったな、本当に。
落ちたらどうなるんだろう、という不安と怖さもあったのも事実。


もう、両手を使ってよじ登って行く感じである。


背後には、“ゴジラの背”といわれる東稜。
その後には常念岳


驚いたことに、ゴジラの背にくっきりとトレースがあった。
あのナイフリッジを越えるなんて、とても考えることができない世界…。


急斜面の終わる“松濤のコル”は、目と鼻の先まで迫っている。
でも、あと少しの距離がどれだけ長く感じたことか。


松濤のコルまで登り切って、ここまで来ればひと安心。
この岩場の向こうが山頂である。


松濤のコルから振り返って、前穂高の北尾根が格好良すぎる。


さあ、北穂高岳登頂へのビクトリーロード。
大袈裟だけど、ここは許して欲しい。


7:50 北穂高岳・山頂
そして、北穂高岳・山頂に到着である。
涸沢から2時間40分での登頂だった。


無事に登り切れたことに、胸がいっぱいになる。
ひとりだったら、涙が溢れてしまったかも知れない。
以前、夏の奥穂高でそんな経験をしてから、二度目を期待している部分もあるのだけど、やっぱり意識しちゃダメなのかな。

でも、達成感だったり、高揚感だったり、安堵の気持ちだったり。
色んな感情が胸の中で渦巻いて。
そんな気持ちを静めるように、しばらく目を瞑って、この瞬間を噛みしめる。

そして、ゆっくり目を開けば、目の前に素直に感動できる風景が広がっていた。

山頂からの眺望をぐるっと一周。
まずは北側、もちろん槍ヶ岳方面。
眼下に見える大キレットの険しさに圧倒される。


少し寄って、南岳から槍ヶ岳への稜線。


槍ヶ岳は相変わらず、無条件に格好いい。


槍ヶ岳の西側に広がる北アルプスの最深部。


どっしり幅広の薬師岳鷲羽岳水晶岳あたり。


薬師岳から左側は黒部五郎岳


笠ヶ岳と背後に白山の山並み。


白山を望遠で。
雲はやや多めだったが、しっかりと遠くまで見渡すことができて何より。


南側は奥穂高岳。ジャンダルムも見える。


前穂高岳から奥穂高岳への吊尾根。


前穂高岳の北尾根。
背後に八ヶ岳、富士山、南アルプス


東側に常念岳から大天井岳常念山脈


一周回って、槍ヶ岳の右側に後立山連峰


鹿島槍ヶ岳や白馬岳など。


景色そのものがもちろん最高に素晴らしいが、この小さな挑戦を終えた感慨深さと合わさって、何物にも代えがたい、そして、忘れられない風景になった。

眺望を満喫したら、北穂高小屋に降りて小休止。
アイゼンを外すのが面倒くさかったので中には入っていない。
最高のロケーションなので、いつか泊まってみたいかも。


さて、下山開始。
17時の最終バスまでに上高地へ戻らないといけないので、あまりゆっくりはできない。
下りはじめの急斜面は、深い底に吸い込まれるような気持ちになった。
滑落しそうな怖さもあり、あまりいい心地はしなかった。


登った時よりも雪が多少緩くなっていて、下りやすい雪質で助かった。
固いままだったらもっと苦戦したかも。


最も急な部分をクリアしたら、あとは意外に軽快に下ることができた。
途中、尻セードも使いながら、あっという間に涸沢が大きくなって行く。


登りはあれだけ苦労したのに、70分ぐらいであっという間に涸沢まで降りてこれた。
涸沢小屋から見上げる奥穂高岳


上空はかなりガスが多くなっていたので、いいタイミングで登頂できたようだ。


涸沢ヒュッテのテラスから北穂高岳を見上げて。
本当に良く登ったよ、自分を褒めてやりたい。


10:20 涸沢(再出発)
涸沢ヒュッテで大休止して、上高地に向けて再出発。
涸沢を去る頃には、また青空が戻ってきていた。


横尾を目指して涸沢を下る。
ここで緊急地震速報を受信。
長野県北部で震度5弱だったようだが、全然、揺れは感じなかった。
大きく揺れていたら、雪崩とか危なかったかも知れない。


さようなら涸沢。また会う日まで。


さて、修行の下山のはじまり。
行きには気づかなかった(咲いていなかった?)スミレが、たくさん咲いていた。


2時間で横尾に到着。まずまずのペースかな。


横尾大橋の上から。前穂高岳と新緑、梓川の流れ。


帰りもニリンソウロード。


徳沢園でお約束のソフトクリーム。やっぱり美味しい。
目的を終えた下山で、さらに横尾からの長い平坦路っていったら、ほぼ苦行に近い…。
そんな中、これを心の支えにして、何とか前に進んで来た感じ。


徳沢を出発。上高地まであと2時間の道のり。


そして、涸沢から休憩込み、5時間半で下山完了。
時刻は15:45で、無理なく帰って来ることができた。


河童橋は観光客でごった返している。
その喧噪に紛れながら穂高を見上げて、あの裏側にある風景を思い出す。
ここから北穂高は見えないが、今まで以上に穂高は特別な存在になったように思う。
前にも増して、もっと大きく見えるのは気のせいか。

僕にとっては試練のようなあの頂に立つとことができたという確かな事実。
だけど、「山を制した」とか、そんな気持ちにはならなかった。

雄大で険しい山々の懐で、小さいけど確かにそこにいるはずの自分という存在。
でも、山が大きすぎ、偉大すぎ、自分はその一部になってしまう。
だけど、それが妙に心地いい。

僕にとって穂高はそういう場所なんだって、そんな気がした。

(End)

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