稜線に吹く風のむこうへ

その場所だけにしかない風景と出会うために山へ。写真で綴る山登りの記録と記憶。

奥穂高岳 - 夏から秋へ、厳しくも優しかった穂高の山々 (Day 2 ; 2016.9.10)

 

(1日目) 上高地 → 岳沢 → 前穂高岳奥穂高岳穂高岳山荘 泊
(2日目) 穂高岳山荘 → 涸沢 → 横尾 → 上高地

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ぐっすりと眠ることができて迎えた朝。
9月の穂高稜線の朝は当然のように寒く、凍えながら小屋前のテラスに出ると、
雲海の水平線から一日が始まろうとしていた。


4時を少し回ったところだが、小屋の中では、
穂高に縦走する人や奥穂高へご来光を見に行こうとする人たちが、すでに騒がしく準備をしている。
僕は涸沢に下って、そのまま上高地に下山するだけの予定なので、そう慌てる必要もない。
ただ、ご来光は静かに迎えたいので、涸沢岳まで登るつもりでいた。

談話室で昨晩、受け取っていたお弁当を食べていると、小屋のスタッフさんが温かいお茶をくれた。
こういう気遣いは嬉しい。

しっかりと防寒対策をして、4:50に涸沢岳へ向かう。
途中、前穂高の向こうに富士山と南アルプスを望むことができた。


20分掛けて到着した涸沢岳の山頂は360°の大パノラマ。
ただ、涸沢側はスパッと切れ落ちているので、注意しながら眺望を楽しむ。
北側には北穂高槍ヶ岳


朝焼けに穂先を突き刺す槍ヶ岳
無条件にカッコいい、そのシルエットに惚れ惚れ。
昨日は完全な姿を見ることができなかったので、妙に嬉しくなってしまう。 


穂高と前穂高の上に茜色の朝焼け雲。


常念山脈の向こう側、雲海から朝日が昇ってきた。
冷え込みは思ったほどでなかったけど、やっぱり太陽は温かく、そのぬくもりにほっとする。


涸沢カールにも陽の光が入って来た。
下から見上げた穂高の稜線は、素晴らしいモルゲンロートになっているのではなかろうか?


穂高は稜線を挟んで明と暗に。


キレットから槍ヶ岳の稜線。岩肌が赤く染まっていた。 


槍ヶ岳の右奥に位置するのは後立山連峰
双耳峰の鹿島槍と三角の山頂の白馬岳が目立って見える。 


西側の眺望。笠ヶ岳黒部五郎岳の山頂にも陽が当たりはじめた。


そこからさらに北側に視線を動かせば、北アルプスの最深部、黒部の山々。
双六岳薬師岳鷲羽岳水晶岳、赤牛岳などなど。
1週間ぐらい掛けて、雲の平あたりをゆっくり歩くことが夢のひとつだけど、
家族持ちにはなかなか叶わぬ願いかな…


すっかり明るくなってきて、険しい穂高の稜線から大キレットが丸見え。
ここは歩いてみたいような、歩きたくないような…。
いずれにせよ、今はまだ挑戦したいと思わず、
それは自分の中で準備が足りていないという自覚があるからなんだろう。


ロバの耳とジャンダルムに差すスポットライト。


穂高の空もしっかりとした青色になった。
40分も楽しんだ穂高の朝の風景。そろそろ小屋に戻ろう。


小屋前で朝弁当の残りを食べて、6時半に下山開始。
ザイテングラードで涸沢に下る。


ドイツ語で "支稜線” を意味するザイテングラード。
すぐ岩場がはじまるが、特に怖いと感じるところはなかった。
ただ、ここは事故が絶えないところなので、慎重に下りていく。


これは帰ってから知ったことなのだが、
ザイテングラードでは、9月に入ってわずか10日足らずの間に3件もの死亡事故が起きてしまった。
いずれも下山中の事故で、僕が歩いた前日にも、ひとりの登山者が亡くなっていたのだ。
さすがにこの頻度はイレギュラーだと思うが、最大限の注意と緊張感を持って歩くべき場所だろう。

しかし、景色は最高に素晴らしい。
穂高の斜面から涸沢カールへの落ち込みは、スケール感が大きすぎ。


このあたりがザイテングラードの核心部か?


途中、涸沢から登ってくるたくさんの登山者とすれ違った。
傾斜はなかなかきつく、登りはかなり大変そうだった。


逆光だけど、前穂高の北尾根がカッコいい。


徐々に離れていく稜線。
間近から見上げる穂高の岩稜は迫力があった。


驚いたのは、草紅葉が既にかなり進んでいたこと。黄金色がきれいだった。


難所を越えて、高度を下げてくると、赤く色付いたナナカマドの実がちらほら。
今はまだ緑の葉っぱだけど、あと2,3週間もすればすっかり紅葉の世界になるのだろう。


パノラマコースで涸沢ヒュッテに出るはずが、分岐を見逃して涸沢小屋に…


8:20 涸沢ヒュッテ
夏の終わりの涸沢カール。抜けるような青空が気持ち良すぎる。
穂高の稜線に囲まれた円形劇場のようなこの場所は、やはり特別な存在感を持っている。
3年前に訪れた紅葉の風景の記憶も甦って来る。(→ 涸沢の紅葉


涸沢槍の尖り具合も堪らなくカッコいい。


穂高も登らないとなぁ。残雪期に狙っていたりするのだが、叶うか?


涸沢ヒュッテで30分ほど小休憩。
昨日の疲れが抜けきっていないようで、下りなのに、かなり息が上がってしまった。
ここから上高地まで、まだまだ長い道のりが待っている。
まずは横尾を目標に出発。


涸沢カールを見下ろす大展望の屏風の耳が忘れられず、
パノラマコース経由も一瞬考えたけど、間違いなくキツイのでパス。
横尾本谷の曲線が美しい。


涸沢から1時間15分で本谷橋。横尾までやっと半分…。


屏風の頭を見上げて。


そろそろ北穂も見納め。


涸沢から2時間と少しで横尾に到着。
なんだか終わった気になってしまったけど、上高地まであと3時間…。


梓川沿いから見上げた前穂高岳
今回の山行で前穂高はすっかり思い入れのある山となった。


横尾からの平坦路は、本当に苦行のような時間だった。
それまでは疲れていながらも、そこそこのペースで歩けていたが、ここに来て完全に足が止まった。
ほとんどの人に抜かれたけど、競っても仕方ないので、ゆっくり行く。

徳澤でソフトクリーム休憩(写真忘れ)を挟んで、明神で明神池に立ち寄るか悩む。
次の機会にしようかと思ったが、ひと踏ん張りすることにした。


観光客はたくさんいるけど、池には静寂の時間が流れていた。


梓川のせせらぎに癒されながら、右岸歩道をラストスパート。
岳沢湿原から眺める六百山。


最後に観光客の喧騒に混ざって、河童橋から穂高を見上げた。
昨日と同じように少し雲が掛かっているが、吊尾根が目の前に立ちはだかる。


最近、あまり歩いていないせいか、それとも根本的に体力が足りていないせいか、
なかなかシンドイ山行になってしまった。
それでも、あの稜線を歩いてきたことを少しだけ誇らしく思えた。

山の上で見た風景は何事にも代えがたく、登るたびに、心に刻まれる記憶が増えていく。
山というのは、そこに変わらず居続けているが、いくつもの表情を持っている。
その表情に自分の感情を重ねたら、それこそ無限の風景になって、二度と同じ風景には出会えない。

穂高の山頂に向かって一歩一歩を噛みしめた、あの時間が忘れられない。
この穂高は、いつも以上に大切な記憶となりそうな気がしている。 (End)