稜線に吹く風のむこうへ

その場所だけにしかない風景と出会うために山へ。写真で綴る山登りの記録と記憶。

表銀座縦走 - Road to 槍ヶ岳、空を貫く頂へ (Day 2-3)

 

(1日目) 中房温泉 → 燕岳 → 大天井岳(大天荘 泊)
(2日目) 大天井岳 → 西岳 → 槍ヶ岳 → ヒュッテ大槍 泊
(3日目) ヒュッテ大槍 → 横尾 → 上高地(下山)

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詰め詰めの寝床でなかなか寝付けなかった夜が明け、2日目の朝が来た。

今回学んだのは、混雑した小屋では隅っこ(壁ぎわ)はあまり得策とはいえないこと。
前日、早めの到着だった僕は当然のように一番端を陣取った訳であるが、隣の人からめちゃくちゃ押されて壁に押しつけられる事態に…
おそらく満員電車でドア付近が一番混んでいるのと同じ理論かと。
真ん中あたりは余裕があったに違いない。

朝弁当を半分食べた後、寒さ対策にアウター代わりのレインウェアを着て外に出る。
地平線付近は雲が多めでご来光は厳しそうだが、まだ踏んでいない大天井岳の山頂へ向かう。


5:20 大天井岳
小屋の裏側から10分程度、岩の道を登って、大天井岳の山頂。
そこそこの人数がご来光を待っている。
しかし、目が行くのは東側ではなく、どうしても槍ヶ岳の方角である。
目の前に聳える尖った頂。そのてっぺんを目指す一日が始まった。


夜が明け行く槍ヶ岳
ほんの少しだけ茜色に染まったグラデーションの空の上には、月がきれいだった。


日の出の時間を迎えたようだが、やはり太陽は出て来ず。
それでも、淡く朝焼けた空はいい感じ。稜線で迎える朝はやっぱり格別な時間。


北側の後立山方面には、帯状の雲が空を大きく横切っていた。


青くなりはじめた空を背景に、槍・穂高のシルエット。
モルゲンロートは残念ながらお預けだったが、槍に挑む気持ちを高められた、いい朝だったと思う。


20分ぐらい朝の風景を楽しんだ後、小屋に戻って、そのまま出発する。
歩き始めで今日、歩くルートがしっかりと見えて、期待感は最高潮に。


槍に向かう喜作新道に復帰するため、まずは大天井ヒュッテを目指す。
大天井岳の南側を巻くトラバース路は浮石もあるので慎重に進む。


30分強で大天井ヒュッテに到着。宿泊客はみんな出発済みのようで、とても静かだった。
ちなみに正面は牛首といわれるピークで、最高の槍ヶ岳展望台らしい。
ピークから先はルートがなく小屋までピストンしないといけないので、今回はパスする。
機会があったらここに泊まって、朝と夕焼けの風景を堪能してみたい。


ここからは喜作新道に乗っかって、西岳に向かい南進。
小屋を再出発して、しばらくは牛首の東斜面をトラバースするようにルートが付けられている。
樹林帯の中から時々、行く方向が見渡せ、まずまず立派なピークが稜線上にあるのが見える。
一瞬、あれが西岳かと思ったけど、そんなに近いわけはなく、手前の赤岩岳のようだ。


大天井ヒュッテから30分で稜線に飛び出る。
「ビックリ平」と名前が付いているのは、突然開ける景色にビックリ、という意味だろうか?
もちろん広々とした眺望が得られ、北アルプスの中心部が丸見えだった。


双六岳から三俣蓮華岳へのたおやかな稜線。


対照的に力強い山容の鷲羽岳水晶岳


ビックリ平から少し進むと槍ヶ岳も再登場する。
この稜線から見る槍ヶ岳は、天上沢を隔てて視界を遮るものが全くなく、最高すぎである。
槍の穂先にだけガスが絡むとは、なんたる仕打ちと思ったけど、この姿も凜々しくていいかも。


岩岳が近づいてきた。稜線上の通過点でしかないが、なかなか格好いい形。


正面には北穂高と奥穂高も大きく見えるように。


岩岳はピークは通らず、東側の斜面を巻いて行く。
ここで猿の集団と出くわした。直前まで気がつかず不意に鉢合わせになって、かなりビックリ。


「東側には何故か花が咲いている」の法則。おそらく日当たりのせいなのだろう。
今回の山行では、トリカブトが至るところでたくさん咲いていた。


岩岳のピークを巻いて再び稜線に出ると、西岳は目と鼻の先まで近づいていた。
その背後に控える穂高の峰々も堪らん。


槍ヶ岳から大キレットまで続く大喰岳、中岳、南岳の稜線も雄大である。


ここまで来ると、槍の穂先の肩に見えていた小槍が隠れ、完全な「槍」の姿に。
そこから伸びる北鎌尾根は威圧を感じるほどの迫力である。
ギザギザと細やかな上下振動をしながら、険しい岩稜の尾根が横に広がっていく。
一般の登山道は存在せず、半端な人間が安易に立ち入ってはならないことが容易に想像できる。


西岳の手前でちょっとした痩せ尾根を通過する。決して難しくはないが慎重に。


西岳山頂は南東方向に巻くようにルートが付いてる。
しばらくして、少し下った先に赤い屋根の西岳ヒュッテが見えてくる。
背景に穂高を従えた、最高のロケーションである。


8:35 西岳
西岳山頂はルート上にはなく、ヒュッテ少し手前の分岐から登る必要がある。
ザックをデポして、ハイマツ帯の急斜面を10分ほど登ると山頂に到着する。
寄り道する形になるため、登らずに通過する登山者も多そうだ。


見える景色は縦走路からのものと劇的に変わる訳ではないけど、それでもピークは気持ちが良くて特別だと感じる。
正面にこれから挑む東鎌尾根を一望できた。


槍の穂先を望遠で。無条件に格好いい尖峰。
穂先の肩にある槍ヶ岳山荘もしっかりと見える。


昨年、登った前穂高、奥穂高を眺めると、なんだか感慨深くなってしまう。かなり苦労したので。
こうやって改めて眺めると、穂高は重厚で大きなひとつの岩の塊である。
穂高もそのうち必ず。


槍沢のエグレ具合にも目が行く。
上高地から槍を目指す槍沢コースは最も初心者向きとされるが、最後に一気に登りあげる様を見れば、かなり骨の折れることになるだろう。


槍・穂高の反対側に目を向ければ、表銀座縦走ではどうしても裏役に回ってしまう常念岳がどっしりと構えている。
常念岳もいつか登らなくてはいけない山。


山頂にいる間、結局、他には誰も登ってこなかった。
素晴らしすぎる眺望を独り占めで堪能した後、西岳ヒュッテまで下りてきて休憩。


朝弁当の残り半分を食べて、この先に待つ喜作新道の核心部に備える。
小屋裏のベンチからは東鎌尾根がよく見え、予習としてルートを目で追ってみる。
一度大きく下って、槍まで一気に登り詰める尾根道を目の当たりにすると、そのスケール感に少々臆してしまった。
結構、崩れている箇所もあるが、あんなところにルートを通すなんて…


万全を期してヘルメットを装着。
不安がないと言えば嘘になる、それなりの緊張感を持って再出発する。
ヒュッテ前に咲き誇っていたヤマハハコに、なんだか元気づけられたような気がした。


いよいよ槍ヶ岳に向けてラストスパートである。いざ、喜作新道の核心部へ。


まずはザレ気味の鎖場やハシゴを慎重に下って行く。
滑落の心配はなさそうだが、浮石が多く、ここは嫌らしい区間に感じた。


急斜面を下りきって、平坦になった区間でホッと一息。高瀬ダム方面を望む。


少しずつ険しくなって来るルート。小さなピークを小刻みに越えて行く。
このあたりから片側が切れ落ちていて、高度感で緊張する箇所も増えてくる。


ピークを越える度に、少しずつでも確実に槍の姿が大きくなっているように感じる。


槍沢に下る分岐点のある水俣乗越を過ぎると、ひとつひとつのアップダウンの斜度が増してくる。
ルートは崩落地の縁を辿り、ハイマツ帯を丸太梯子で縫うように続いている。


高度を上げたり下げたり、本当に忙しい。


左手の視界が開けると、眼下に槍沢の大曲を見下ろすことができた。見事なまでのU字谷である。
おそらく太古に氷河が作り上げた地形と思うが、日本じゃないみたい。


このあたりは、なかなかの崩れっぷりである。
ただし、稜線上は意外と足場がしっかりしていて安心感があった。


喜作新道の名物ともいえる3段の長梯子を通過して振り返ったところ。
ほとんど垂直に掛かっている梯子は、下を見ると腰が引けてしまう高度感あり。
降り立とうとする足場は狭く、両側が切れ落ちているのも余計にそう感じさせる。
ここは早く通過したい気持ちを抑えて、ゆっくり確実、慎重に下った。


その距離が縮まるごとに実感する「槍ってこんなに大きいんだ」という事実。
なんか、うまく言えないけど、ちょっと感動しながら歩いていた。


右手の眼下に広がる天上沢が壮観すぎる。
たくさんの沢を集めた先は大町、安曇野を経由して最終的に信濃川に繋がり、日本海に注ぐ。
それをイメージすると、壮大な旅に思えてくる。
今朝スタートした大天井岳も、もうあんなに遠くになった。


" Road to Mt.Yarigatake ! "
疲れてはいるけど、気持ちが高揚してきた。


11:40 ヒュッテ大槍
ここまで来れば危険箇所もなく、ハイマツ帯の中の岩場を登り切ればヒュッテ大槍に到着。
西岳ヒュッテからは2時間半であった。
思っていたよりも難なく喜作新道を歩き通すことができたが、どこか気持ちが張り詰めている部分はあったようで、体力的にというより、精神的に疲れたように感じる。


この山小屋は夕飯が美味しいことで有名である。
槍の肩にある槍ヶ岳山荘までコースタイムで50分の位置にしており、まだ昼前なので、槍ヶ岳を往復して戻ってきても時間的に余裕はありそうだ。
予約はしていなかったが、目一杯の混雑にはならなそうとのことで、今宵の宿はここに決定。

昼食を取った後、荷物を軽くして、12時半、槍ヶ岳へ向けて再出発。


小屋からは再び東鎌尾根を伝って槍ヶ岳に最終アプローチ。
もう手が届きそうな位置に槍の穂先が迫ってきて、一歩一歩が幸せに思えた。


岩陰に咲くイワツメクサに癒されて。


ちょっとした梯子があったりもするけど、喜作新道の核心部のような緊張感はない。
槍沢側は高度感もなく、浮石だけに気をつけて進む。

 


岩屑の斜面を横切って、槍ヶ岳山荘が目と鼻の先まで迫ってきた。


小屋の直前で槍沢ルートと合流する。
振り返ると東鎌尾根上にあるヒュッテ大槍の立地が良くわかる。


ヒュッテ大槍から45分で槍の肩に到着。ここから眺める山頂は大きな岩の塊である。
息を整えてから山頂アタックへ。
しかし、タイミングが悪く、タッチの差で団体さんに先を越されてしまった…
少し待とうかとも思ったが、雲行きがやや怪しくなってきたので早めに登ることに。


いざ、穂先へ取り付く。
思ったよりも難しくはない。でも、いい緊張感。


渋滞に焦っても仕方ないので、気持ちを落ち着けて一歩一歩、上へ進む。


これが最後の梯子。空へ登るよう。


14:40 槍ヶ岳
そして登り切った空を貫く頂。
広くない山頂はなかなか混雑していて、山名板までは順番待ちで時間が掛かりそうだ。
大きく息を付いて周囲を見渡すと、穂高はガスに飲まれていた。


やっと順番が回って来て…、槍ヶ岳登頂の証。
周囲の喧騒で感慨に浸る感じにはならなかったが、これまでのどんな山よりも大きな達成感。
そして、憧れていた頂に、今こうして自分の足で立っている確かな実感。
それだけで十分。


次々に登山者が登ってくるので、とてもゆっくりする雰囲気ではないのが残念である。
横目に今日、大天井岳から歩いてきたルートが全部見えた。
改めてそれを目で追えば、実によく歩いたものだ。


千丈沢方面を覗き込むと、これが小槍なのだろうか?
とてもじゃないけど、あそこでアルペン踊りはできないだろう(苦笑)


名残惜しいけど早々に下山。下りも渋滞気味だったけど、問題なく下ることができた。


さて、宿に戻ろう。帰りは何となく槍沢ルート・殺生ヒュッテ経由で。


殺生ヒュッテ前から見上げる槍ヶ岳も大迫力である。


こうしてヒュッテ大槍に戻ったのは15時半だった。
さすがに疲れていたようで、爆睡のお昼寝タイムの後、お待ちかねの夕飯の時間。
まずは食前酒(サービス)の白ワインで槍ヶ岳登頂の祝杯。
料理は評判通りに豪勢で、しかも美味しく大満足だった。


夕食後、外に出て夕暮れを待つ。
しかし、日没の時間が近づくにつれ、雲がどんどん増えて行ってしまった。
夕焼けをバックにした槍ヶ岳を撮りたかったんだけど、今回はお預けになりそう。


穂高方面もすでに薄暗い。


槍の上空は鱗雲っぽくなっていたので、焼ければ最高だったんだろうけど…。
だいぶ粘ったけど、やはり色付かずに終わり。
今回の山行は、残念ながら夕焼けに縁がなかったようだ。


このあと、夜が更けて来ると雲が抜けてきて、きれいな星空を眺めることができた。
悪戦苦闘しながら初撮影に挑戦してみたが…
いちおう星は映っているけど、今後に課題が残る出来映えに…


明日はあまり天気が良くないようだ。
上高地に下山するだけだが、長い道のりを雨の中、歩きたくはないので、祈りながら就寝。

 

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3日目の朝を迎えた。今朝も東の空は雲が多めで朝焼けにはならず。


反対側の槍ヶ岳はこんな有り様である…
ヒュッテ大槍を宿に選んだ理由は夕食の他にもあって、朝日に染まる槍を眺めたい、というのが大きかったのだけれど、致し方なし。
今回の山行では朝夕の風景に恵まれなかった。


雲の隙間から富士山が顔を出してくれたので、ちょっと救われた気持ち。


最終日の下山ルートであるが、槍の肩に登り返し、飛騨側の奥丸山を経由して新穂高に下るというサブプランもあった。
しかし、天気が下り坂のこの状況では多くを望めないので、大人しく上高地に向かうことに。

6:00 ヒュッテ大槍(出発)
雨に降られるのも嫌なので、朝食が済んだら早々に下山開始。
まずは小屋から槍沢へジグザクと下って行く。


天気が良くないので、楽しみは花ぐらい。道中に出会った花たちを紹介したい。
終始、風が強くて、ピントがボケ気味のものもあるが、ご容赦を。

ヒメシャジン 


イワギキョウ


坊主岩屋下で槍沢ルートと合流する頃には、槍も完全に見えなくなってしまった。
ある意味、前日にしっかり頂上に登っておいたのは正解だった。


槍ヶ岳山荘に泊まった人たちと合わさって、槍沢に沿い、ひたすら下って行く。


イワオトギリ


カラマツソウ


これはいつまでも見分けが付かないやつ…。シナノキンバイかな?


槍沢にはまだ雪渓が残っていた。
9月でも花がたくさん咲いているのは、このおかげかな。


ハクサンボウフウ


崩壊し行く雪渓を横目で見ながら。


キオン or ハンゴンソウ?


2時間半で槍沢ロッヂに到着。
ヒュッテ大槍からのコースタイムは3時間20分だから、なかなかの好ペース。
これまでの疲労蓄積で下りは苦戦するかなと思ったけど、ここまでは順調そのもの。


槍沢ロッヂを過ぎると槍沢のそばを歩く区間が多くなる。


もちろん水は澄んでいて、水量も多いので、なかなか迫力のある流れ。
晴天のもとなら、もっと綺麗な画が撮れただろう。


横尾までは槍沢と付かず離れず、常にせせらぎが聞こえて癒される。


名のない沢もたくさんある。


10:00 横尾
出発から4時間で横尾に到着。
涸沢から下山してきた登山者も交ざって、一気に賑やかになった。
なんとなくここで終わりの気がしちゃうけど、上高地まであと11kmもあるわけで…


屏風の頭もガスの中だった。
ここまでポツリポツリとわずかに雨が来ることがあったが、なんとかこのまま持ってほしい。


徳沢までのこの区間は、曇り空でも清々しい緑色のシャワー。


徳澤園で少し早めのお昼を。
前から気になっていたカレーライス、初めて食べたけど、これはなかなか美味しい。
食後のデザートにソフトクリームも、
と思ったけど、お腹がいっぱいで動けなくなりそうだったので自重しておいた。


心配していた疲労もそれほどではなく、予想外に順調で13時前には上高地着。
上の方はガスガスで、河童橋から穂高を望むことはできなかった。


そして、上高地のバスターミナルにゴール。
ひとり小さくガッツポーズしてしまう(実際は心の中でだけど)気持ちであった。


とはいえ、余韻に浸るわけでもなく、早くお風呂に入りたい、早く家に帰りたい。
急いでバスのチケットを購入。計画よりも1時間早くバスに乗り込むことができた。
時間帯によっては松本への直通便があるが、この時間は新島々駅止まり。
最近流行り?の鉄道萌えキャラにラッピングされたアルピコ交通上高地線に乗り換え松本へ。


あとは松本から大糸線で車を停めている穂高駅へ帰還するだけ。
ただし、松本での乗り継ぎが良くなく、45分の待ち時間。


そして、上高地への下山から、3時間半近く掛かって、やっと移動終了。
なんだか下山後の車回収の方が疲れちゃった感じがするけど、仕方ない。

それはともかく、無事に山行を終えた安堵感と充実感。
登山を始めてからのひとつの大きな目標であった槍ヶ岳登頂を果たした喜び。
なんだかとても心が満たされているように感じる。

燕岳の独特で美しい庭園のような風景。
近すぎず、遠すぎず、絶妙な距離感で槍を見ながらの稜線散歩。
緊張感がありつつも、少しずつ確実に槍に近づいていることを実感できる東鎌尾根。
青空を貫く槍の凛々しい姿。
そして、天に昇るが如く、槍の穂先への登頂。

そのどれもが、決して忘れられない風景、経験となった。
高らかに言うことでもないだろうけど、少しだけ胸を張って、自分を褒めたい。

(End)