稜線に吹く風のむこうへ

その場所だけにしかない風景と出会うために山へ。写真で綴る山登りの記録と記憶。

表銀座縦走 - Road to 槍ヶ岳、空を貫く頂へ (Day 1)

 

日程 : 2017.9.9(土)~ 9.11(月) 3日間

ルート :
(1日目) 中房温泉 → 燕岳 → 大天井岳(大天荘 泊)
(2日目) 大天井岳 → 西岳 → 槍ヶ岳 → ヒュッテ大槍 泊
(3日目) ヒュッテ大槍 → 横尾 → 上高地(下山)

天候 :
(1日目) 晴れ (2日目) 晴れ (3日目) 曇り


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槍ヶ岳
その名前は登山に興味がなくても、知っている人は多いだろう。
日本第5位であるその高峰が広く知られる理由は、名前のとおり「槍」のように鋭く尖った山容にある。
遠くからでも目立つ頂は、アルプスの峰々の中で最も象徴的な存在といえる。

アルプス界隈の山に登れば、「あれが槍だ」と指差している登山者の姿をよく見かける。
僕も同じで、いつも真っ先に探してしまうのは槍ヶ岳である。
いや、探すというよりも、その存在感に自然と視線がいくと言った方が正しいかも知れない。

ただただ“格好いい”その山は、いつしか自分の中で憧れになっていた。
そして、あの頂に立ってみたい、と思う気持ちは、槍ヶ岳を眺めるごとに高まっていったのである。

夏の終わりの9月上旬、晴天が期待できる週末、槍ヶ岳への挑戦する時は今である。
出発を前にした僕は「ついに槍に挑むんだ」と身構えていた。
山行を終え、この記録を書いている今となれば、そんな大袈裟な言葉を使うほどの苦難はなかった訳ではあるが、程よい緊張感の中で出会った、素直に感動といえる風景の数々をここに残したい。

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槍ヶ岳を目指す登山コースは多く、各方面から槍に向かって道が集まって来る。
最も難易度が低いのは上高地から梓川、槍沢を詰めるルートで、歩く人も多く、王道中の王道。
反対に、一般登山道という前提で最難関を挙げれば、穂高から大キレットを越えてくるルートか。
それぞれの技量に合ったコースを設定できるのも、槍ヶ岳の魅力かも知れない。

僕には槍に登るなら絶対にこれと決めていたルートがあった。
それが「表銀座縦走コース」である。
中房温泉から燕岳、大天井岳、西岳と稜線を縦走し、最後に東鎌尾根で槍ヶ岳に登り詰める。
ずっと槍を眺めながら歩くことができるのだが、どれだけ素晴らしいコースなのかは、レポートの中で追々、ご覧いただきたい。

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中房温泉をスタートして槍ヶ岳を目指す場合、ガイドブックなどでは、1泊目を燕岳の燕山荘、2泊目は大天井岳を越えて西岳ヒュッテまで、3泊目に槍ヶ岳山荘に到達し、上高地へ下山する3泊4日が紹介されている。
これはだいぶ余裕のある日程で、ゆっくりとアルプスを満喫できるに違いない。

しかし、時間的、金銭的に厳しいものがある僕は2泊3日での計画である。
1日目で大天井岳まで行く必要があり、コースタイムは9時間ほどなので、この初日が勝負となる。
これがクリアできれば、2日目の槍ヶ岳登頂はそれほど無理のある行程にはならない。

今回の表銀座縦走では入山と下山する場所が大きく離れているため、車の回収は少し頭を使う。
一般的、かつ、最も合理的と思われるのが穂高駅である。
駅近くに大きな駐車場があり、そこからバスかタクシーで中房温泉に入る。
上高地への下山後はバス、電車を乗り継いで、松本経由で戻ってくることになる。

当初予定では塩尻健康ランドで前泊し、始発バスに合わせて穂高駅に移動するつもりだった。
しかし、前日に仕事でゴタゴタし、出発が遅くなってしまったので、直接、穂高駅に向かうことに。
駐車場に着いたのは深夜1時ぐらいだった。
バスの始発は時期や曜日によって異なるが、9月の土曜だと4:53となり、中房温泉着は5:55。
その時間まで仮眠を取っていたのだが、4時を前にして、車の外がなにやら騒がしい。
声の主はタクシーの運転手で、営業活動をしているのであった。

想定外であったが、これは好都合。
初日の長いコースを考えると少しでも早く歩き始めたく、迷わず利用することに。
結局、ソロばかり4名が集まって乗り合い、5時には中房温泉に着いてしまった。
ちなみに運賃は¥10,000で、1人あたり¥2,500だった。(バスだと¥1,700)

5:20 中房温泉(登山開始)
ゆっくりと準備を整えて、槍ヶ岳を目指す山旅がいよいよスタート。
すでに多くの登山客がいて、最初の目標となる燕岳に向けて続々と歩き出していた。


燕岳へ登る合戦尾根は「北アルプス三大急登」に数えられている。
スタートしていきなりの難所に若干、萎えそうになるが、登った実感としては、それほどでもない。
北アルプスでも屈指の人気ルートだけあって、さすがは万全の整備状態で、とにかく登りやすい。


急な部分があるにはあるが、瞬間的で長くは続かず、なだらかな繋ぎ区間も多い。
それ故か、予想以上に楽に登れてしまい、順調に高度を稼いでいく。


コースには第1ベンチ、第2ベンチ…といった具合に、ほぼ等間隔で休憩適地が設けられており、およそ30分刻みで登って行く。
4つ目は富士見ベンチという名前だが、残念ながらガスっていて展望はなかった。
しかし、ここを過ぎたあたりからガスが切れてきたようで、木々の間から稜線が見えはじめる。


まだガスが絡んでいるけど、雲の流れは速く、まずまずの眺望が得られるように。
本日の目的地、大天井岳も見ることができた。
しかし、遠いな…、どれくらいでたどり着くことができるだろうか。 
 

順調に登って、合戦小屋までもう少し。看板には名物のスイカが描かれていた。


スタートから2時間半で合戦小屋に到着。
当然の如く、たくさんの登山者がスイカを食べながら休憩していた。
あまり暑くなかったので、僕は見送り。(ブログ的には必須アイテムのような気がするが…)


15分ほどの休憩を挟んで再出発。
小屋からひと登りすると合戦沢ノ頭で、ここまで来ると周囲は低木帯となって見通しが良くなる。
まだまだ遠いが、山頂方面には燕山荘が見えきた。


稜線付近は速い速度でガスが流れていて、タイミングによって燕岳の白い山肌が見え隠れ。


このあたりは早く稜線に立ちたくて黙々と歩き、燕山荘まであと少し。


そして、スタートから3時間半で合戦尾根を登り切り、稜線に飛び出る。
そこで待っていたのは、この眺望である。
これは壮観の一言、裏銀座の稜線が目の前に広がっていた。


それ以上に目を引くのは、右手に伸びる燕岳山頂。
花崗岩が風化してできた砂が白く輝き、その中に巨石が立ち並ぶ独創的な世界。
ハイマツなどの緑色とのコントラストは、とにかく美しい風景としか言えない。


そして、忘れてはいけない、左手に今回の山行の最終目標、槍ヶ岳である。
まだ遠いながらも迫ってくるような圧倒的な存在感を放っていた。
これからあの頂を目指す高揚感と相まって、なんだか少し震えるような感覚に襲われた。


まだ山頂でもないのに、じっくり過ぎるぐらい眺望を楽しんでしまった。
気持ちが落ち着いてきてから、燕山荘の前にザックをデポして、燕岳に向かう。


小屋前には有名な山男の石像。


それにしても、燕岳は本当に美しい。なんだか眩しいほどの風景である。
人気の山であることが納得できる。


白砂の稜線をしばらく行くと出会うのが、有名なイルカ岩。なかなか高い完成度である。


細かなアップダウンを繰り返して山頂に近づいていく。
庭園を散歩するかのような感覚で、このあたりはゆったり気分。


9:25 燕岳
最後は花崗岩の間をよじ登って、スタートから4時間で燕岳に登頂。


山頂からはもちろん360度のパノラマである。
まずは槍ヶ岳。三角の頂から四方に尾根が伸びているのがよくわかる。
今回、登る予定の東鎌尾根は左手前に降りてきている尾根である。
しかし遠いな。本当に明日、あの頂に立てるのか?


西側に広がっているのは、野口五郎岳水晶岳鷲羽岳双六岳、西鎌尾根と続く裏銀座の稜線。


北側には険しいながらも、やはり庭園のように美しい風景が続いている。
その背後には立山連峰剱岳
そして、剱岳よりも尖っている針ノ木岳が目立っていた。


東側は雲が多め。ちょっと遠いが、雲を被っているのが浅間山で、その左側に四阿山の山並み。


さて、南側に転じて、これから進む表銀座の稜線を眺める。
東側から湧いてくるガスをこの常念山脈が食い止めてくれているようだ。


十分に眺望を楽しんだら、一度、燕山荘に戻る。
途中にメガネ岩。どれだけの時間を掛けて、この風景ができたのだろう。


絡みつくガスがまたいい感じの燕岳。
合戦尾根との分岐点には、たくさんのザックがデポされて、続々と山頂に向かう登山者の姿が。
あとで聞いた話だと、合戦尾根は人が多すぎで渋滞状態だったらしい。
早めに出発できたのは、やはり幸運だったみたい。


燕山荘のベンチで休憩を取り、10:15に大天井岳へ向けて再出発。ここからが表銀座の本番である。
槍ヶ岳は稜線のガスで見えたり見えなかったりを繰り返している。


振り返って、少しずつ小さくなる燕岳。


ガスが抜ければ、槍ヶ岳を正面に最高の縦走路となる。
行き交う人も燕岳に比べれば断然少なく、静かな山旅を楽しむことができた。


槍の写真ばかりにならないように、鷲羽岳を載せておこう。
鷲羽岳といえば、三俣山荘の背後に広がる雄大な姿が思い浮かぶが、こちらから見ると周囲の山々も立派過ぎて、いまいちスケール感が伝わらない…


ハイマツの中に立つ蛙岩(左側)と槍ヶ岳


蛙岩のとなりにある大岩の間を抜けて行く。


細かくアップダウンを繰り返す稜線。この辺りはそれほど起伏は激しくなく、快適な散歩感覚だった。
湧いてくるガスが薄くなり、大天井岳も姿を見せはじめた。


2678ピークから眺める大天井岳は、どしっりと重厚感のある山容。
ルートは山頂に向かわず、途中から大天荘へのトラバースとなっていることが確認できる。
まだ遠いけど、しっかりと予習できた。


少し進むと大下りの頭。ここからの眺めも最高。
北アルプスの中心部、双六岳鷲羽岳方面。
雲ノ平とセット歩いてみたい山域だが、なかなか時間が作れない…


裏銀座は結構、平坦そうに見えるけど、実際はそんなことはだろう。


大下りの頭という名前のとおり、一度大きく下って行く。
ここはややザレ気味なので注意。


ルートは時折、信州側にサイドチェンジする。
眼下には稲穂が色づき始めた安曇野の平野が広がっていた。


不思議なことに、何故かこちら側だけに花が咲いていた。反対のアルプス側はずっとハイマツ帯。
今回の山行で、あちこちで見かけたオヤマリンドウ。
濃紫色の花は蕾のように見えるけど、これ以上は開かないらしい。


こちらはミヤマコゴメグサの群生。


相変わらず信州側からガスが登ってくるが、それを大天井岳がしっかりと堰き止めてくれている。
こういうダイナミックな風景は稜線縦走の醍醐味だと思う。


さて、そろそろ本日最後の登りが近づいてきた。
この先で道は常念岳方面に向かうルートと東鎌尾根に至る喜作新道に分岐する。
槍ヶ岳を目指すだけなら、大天井岳をショートカットして喜作新道に入り、大天井ヒュッテに泊まる方が距離も時間も短い。
しかし、ここはしっかりと山頂を踏みたいので、今晩は山頂直下の大天荘に宿泊予定である。
左手に伸びるトラバース路を行くことなるが、見上げる大天井岳は想像以上に大きく、骨が折れそう。


分岐手前の鞍部には表銀座ルートを切り開いた小林喜作のレリーフがある。(写真右下に小さく)
山行を終えた後、小林喜作について調べてみると、北アルプス登山黎明期(大正時代)のルート開拓に関する物語が面白い。

腕の立つ猟師だった喜作は経営的センスにも秀でており、登山ブームの本格的な到来を見越して、それまでの槍ヶ岳登頂ルートを大きくショートカットする喜作新道を拓く。
その原動力は、ルート上に山小屋を建てて、大儲けする企てだった。
また、喜作新道開通の漁夫の利を狙った者もいて、小屋の建設競争が勃発する。
結果は雪崩対策を施した喜作の小屋が先んじて開業し、大きな利益を得る。

しかし、喜作の成功を良く思わない者も多く、謂われのない妬みを受け、最期は他殺も疑われる雪崩遭難で世を去っている。
このあたりは詳しく本にもなっているようなので、一度、読んでみたいと思っている。


最後のトラバース路は決して距離が長いわけではないのだけれど、疲れてきた体には堪える登り。


振り返ると、今日、歩いてきた燕岳から縦走路を見渡すことができた。


13:10 大天荘(宿泊地 着)
レリーフから30分強で、今宵の宿、大天荘に到着である。
まだ昼を少し回ったところで、疲れはしたが、だいぶ余力を残して初日を終えられた。
中房温泉を予定よりも1時間ほど早く出発できたおかげもあって、気持ち的に余裕を持って歩けたことは大きかった。


大天井岳の山頂は小屋から10分足らずなので、夕焼けのタイミングにと思い、昼寝や談話室の本を読んだりして時間を潰す。
しかし、夕方近くになるとガスが稜線を覆い隠して、真っ白な世界に…
残念だけど、山頂からの眺望は翌朝に持ち越し。


結局は見ることができなかったが、夕焼けと小屋の夕食の時間が重なるが嫌だったので自炊とした。
ソースを混ぜるだけの簡単パスタだったが、バゲットを持ってきたのは大正解。


夕食を食べたら、あとは寝るだけである。
ちなみに、今回の山行、当初の予定では混雑を避けて日曜から3日間を計画していたのだが、月曜から天候が崩れる予報だったので、土曜出発に変更していた。
晴天の週末、小屋がいっぱいになるのは覚悟の上だったが、実際もなかなかの惨状だった…
次から次に登山客が押し寄せ、16時を過ぎてもまだまだ来る。
最終的には、布団一枚にきっちり二人となり、夜は熟睡できなかったが仕方なし。

小屋の混雑はともかく、初日の常念山脈縦走は天気にも恵まれ、最高の山歩きができた。
しかし、贅沢な話で申し訳ないが、翌日がそれ以上に素晴らしすぎて、どこか記憶がぼやけているような印象なのである。
次回、自分の登山人生の中でも最高の一日となった「槍への挑戦」で目にした風景、感じたことをしっかりとレポートしたい。

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