ルート :
(1日目) 上高地 → 岳沢 → 前穂高岳 → 奥穂高岳 → 穂高岳山荘 泊
(2日目) 穂高岳山荘 → 涸沢 → 横尾 → 上高地
天候 :
(1日目) 曇り のち 晴れ
(2日目) 晴れ
詳細な山行記録は … ヤマレコへ
------
「穂高岳」
その山の威光で満ちたような山容。
北アルプスの最高峰を示すのに相応しい名前の響き。
槍ヶ岳、剱岳にも負けず劣らずの高いブランド力を持った山、といっても異論はないだろう。
山登りをはじめた者なら、誰もが一度は登ってみたいと思うのでは?
穂高への思いを募らせるきっかけとなった山行はふたつ。
ひとつが最高の紅葉に巡り会えた涸沢、
もうひとつが、モルゲンロートに染まる山々に見入った蝶ヶ岳である。
いずれもその風景の中心には穂高岳があって、圧倒的な存在感を誇っていた。
穂高岳という名称は、北穂高から西穂高に至る峰々からなる穂高連峰の総称で、
その最高峰が日本第三位の奥穂高岳となる。
奥穂高への登山路として最もメジャーなのは、涸沢からザイテングラードを経由するルートであるが、
今回、僕が挑むのは上高地から一気に登り上げる「重太郎新道」である。
重太郎新道は穂高岳山荘の初代オーナーの今田重太郎が拓いた道である。
上高地の河童橋から正面に見える、これぞ穂高、という風景の中心にあるのが岳沢。
そこから前穂高への登りは北アルプスの中でも屈指の急登といわれている。
そして、前穂高から弧を描いた稜線の吊尾根を経て奥穂高岳に至るルート。
上高地から2時間ほどの岳沢小屋に泊まれば、だいぶ余裕が出るのだが、
日程的、金銭的など理由から、今回は1日で奥穂高を越えて穂高岳山荘まで行く計画。
実際、この行程を歩く人はたくさんいるが、僕にとってはかなりキツイ山行となった。
------
5時に上高地に向かうバスの乗換え地点となる沢渡に到着。
平日のこの日、バスの始発は5:40。
休日だとあと1時間早いので、長い行程を考えると、この差は結構大きいかも知れない。
もう少し早く上高地に着きたければ、人を集めてタクシーという手もある。
ただ、この場合も釜トンネルが5時まで夜間規制なので、それより早く上高地に入ることはできない。
上高地バスターミナルへの到着は6:10。
前日に台風13号が通り抜けて、台風一過の晴天を期待していたが、回復は少し遅れていた。
バスを降りた時にはパラパラと小雨まで降っていた。
ただ、予報では確実に晴れてくるので、それほど心配はせずに出発。
朝6時半の河童橋。
晴れていればこれから登るルートが全部見えたはずだが、残念ながら視界なし。
それでも、少しだけガスの切れ間から穂高の一角を望むことができた。
位置的には西穂高あたりだろうか?
河童橋を渡って、梓川の右岸歩道を15分ぐらい歩くと重太郎新道の登山口。
ここから前穂高岳まで長い登りが始まる。
看板には「岳沢小屋 4km 2時間、前穂高 8km 6時間」と書いてある。
はじめは鬱蒼としているけど、前日の雨で瑞々しい上高地の原生林を緩やかに登って行く。
眺望はなくても嫌いじゃない雰囲気。
苔むした倒木に可愛らしいキノコの兄弟を発見。
岳沢小屋まで番号の付いた看板があるので、ペースを測るにはいい目安になる。
重太郎新道の本番は岳沢小屋からで、序盤はハイキング気分かと勝手に思っていたけど…
ウォーミングアップと呼ぶには無理がある、なかなか骨の折れる登りだった。
登山口から30分の登りで、岳沢名物の天然クーラー・風穴に到着。
雨上がりで湿度が高いせいか、この時点でかなりの大汗。
風穴からの冷風を浴びてリフレッシュ…、と言いたいところだけど、この日は冷気を感じず。。
ここからは我慢の登りが続く。
花の時期はほとんど終わりだったけど、この子はたくさん咲いていた。
8:35 岳沢小屋
樹林帯を抜けて涸れ沢に出ると、岳沢小屋はもうすぐ。
上高地から2時間で岳沢小屋に到着。まあまあのペースかな。
小屋のテラスに立っても、周囲はガスで真っ白で、どのくらい高度を上げてきたのかわからない。
重太郎新道の本番に向けて、赤飯のお握りを補給しつつ小休憩。
ここからは落石に備えてヘルメットを初めて装着する。
ちなみに、この穂高界隈は「山岳ヘルメット着用推奨山域」に指定されており、
認知も進んでいるようで、実際の装着率もかなり高かったように思う(70%ぐらい)。
予報的にはそろそろ晴れてきてもいいと思うのだが、ガスガスの中、再出発。
岳沢小屋が標高2170m、前穂高岳の山頂が3090mなので、まだ1000m近く登らなくてはならない。
オーバーペースにならないように、意識してゆっくり歩き始める。
はじめは草付きの斜面をジグザクに登って行くが、すでにかなりの急斜面。
ひとつめの梯子。結構長いが、高度感はほとんどない。
このあたりから岩場も出始める。
岳沢小屋から1時間ほどで「カモシカの立場」。
ここまでずっとガスの中だったけど、いよいよガスが切れ始めて、時折、稜線が見えるように。
本来であれば、登る背後には上高地や焼岳のパノラマとなるはずだが、今はまだ雲の中。
唯一、乗鞍岳は雲の上に頭を出していた。
そろそろ本格的にガスが抜ける気配がしてきた。
なんだか、すごいものが見えてきた気がする。あの稜線は天狗ノ頭から西穂高かな?
景色が気になるけど、まずは目の前の岩場をクリアしていかないと。
ただ、特段、難しい箇所はなかったように思う。
重太郎新道はたくさん鎖が付いているが、登りならほとんどは使う必要がないと感じた。
カモシカの立場から、かなりの急登を30分。岳沢パノラマで森林限界に到達したようだ。
そして、霞むガスの向こうに前穂高の山頂が姿を現した。
そして、完全に視界はクリア。
これが前穂高岳の全容である。全体が岩でできた城塞のようにも見える。
それにしても、まだまだ遠い山頂に心が折れそうになる…
このあたりから急速にガスが抜けて、奥穂高からジャンダルムの稜線がくっきりと見えるようになった。
なんというか、その威圧的ともいえる風景に言葉も出ず、しばらく見入ってしまった。
右手には明神岳の岩稜が迫っていた。
これまでガスの中を登って来たのでよく分からなかったけど、やっと穂高に登っていることを実感。
間近から眺める穂高の山々は、ただすごいの一言。
思い返せば、この時、若干、興奮気味だったように思う。
もちろん、ガイド本やネットの中で、この風景は何度も見てきたわけだけど、
目の前に広がっているのは、まるで "生ある者” かのように、その存在を感じることができる風景だ。
堂々たる前穂高のピーク。
景色ばかり眺めているわけにもいかないので、しっかり山頂を目指そう。
と言いつつも、やっぱりこっち側が気になってしまう。
というより、紀美子平に向けて、これまでで最強クラスの急斜面が続いており、
撮影に理由を付けて、休み休みの超スローペース状態。
振り返れば、下界の上高地は相変わらずガスの中。
大パノラマを楽しみにしていたけれど、今回はお預けになりそう…
急斜面に掛けられた三連の鎖場(余裕なく? 写真がなかった)をクリアすると、
唐突な感じで吊尾根と前穂高岳への分岐点である紀美子平に飛び出した。
時刻は11時半。岳沢小屋から3時間はコースタイムどおり。
ただ、まだまだ先はあるのに、この時点でかなりの疲労感なのには少々参った。
紀美子平から前穂高の山頂までは、あと30分は掛かる。
前穂高はスルーして、吊尾根に向かう人もいるようだったが、ここはしっかり山頂を踏んでいこう。
時間もそれほど余裕はないので、息を整えたらザックをデポしてアタック開始。
山頂に続く岩稜に取り付くと、奥穂高まで伸びる吊尾根を一望できた。
あとであそこを歩くのか。
楽しみであるけど、ちょっと緊張する、というのが正直な気持ち。
山頂へは想像よりもかなり険しい道のりだった。ここまで着たら楽なものかと思ったら大間違い。
重太郎新道のダメージも確実に効いている…
一部で浮石もあるので、落石への注意も含めて、気を引き締めて最後のもうひと踏ん張り。
あそこが山頂か? もう少し!
12:20 前穂高岳・山頂
そして、前穂高岳に登頂。
紀美子平からがほんとにしんどかったが、ひとまず確かな達成感に浸る。
それでは眺望を楽しむことにしよう。
西側は、奥穂高からジャンダルム、天狗のコルまで大きく下って、西穂高の稜線は辛うじてガスの上。
穂高の峰々の険しさと雲海の穏やかさの対比に、息を呑んで見入ってしまう。
ロバの耳、ジャンダルム、コブ尾根の頭をアップで。すごい迫力。
でも、一生、あそこには行かないだろうな。
あの稜線を行く人たちを尊敬するけど、僕は遠慮しておく。山に求めるものが違うというか…
北側はガスが絡んでいるけど、奥穂高、涸沢岳、北穂高、そしてその先に槍ヶ岳。
眼下には涸沢カールを見下ろすことができるはずだが、ガスで見えない。
それでも、幾重にも重なる重厚感のある山並みに大満足の風景だ。
まとわり付くガスから、時折、顔を出してくれた槍の穂先。
来年には、あの先っぽに立ってみたいが、叶うだろうか?
かなりの広さがあった前穂高の山頂。今日は雲に浮かぶ展望台となった。
15分ほどの滞在だったが、その風景は鮮明な記憶として刻まれることになりそうだ。
紀美子平に戻ろうとすると、目の前に連なる明神岳のピークたちがカッコいい。
見た目にはそのまま稜線を歩いていけそうだけど、そこはクライミングの世界らしい。
紀美子平まで戻って昼食を食べたら13時半。
ここから奥穂高岳を越えて、今日のゴールである穂高岳山荘までのコースタイムは2時間半。
ここまでも歩いている時間はコースタイムを少し巻いているけど、
休憩の分を稼ぐことはできず、時間は押し気味だった。
急かされるように吊尾根へ。
紀美子平を出発してすぐの光景。
なんかすごいところに〇印が付いてないか?
ただ、実際に取り付いてみると、難しいものではないんだけど、のっけから緊張感が高まる。
吊尾根は意外に道幅が広くて、滑落の恐怖を感じるような箇所はほとんどなかった。
下界がガスっているからか、高度感もそれほどではなかった。
それよりも、ここまでの疲労感で、足がなかなか進まないのが問題…
鈍足で進んでいると、いつしかガスに囲まれてしまって、嫌な感じ。
明るいうちに穂高岳山荘まで着けるか、徐々に不安になってきた…
でも、何人か同じようなペースの登山者がいて、それだけで気が軽くなる。
互いに声を掛け合って、自然と連帯感が生まれてた。
振り返ってみたら、前穂高岳を飲み込みそうなガスを吊尾根が押し返している。
本当にすごい風景だ。
時折、不意にガスが抜けて、山頂方面(前方のピークは南陵の頭?)を見て捉えることができた。
もう少しに見えるけど、精神的にはまだまだで、かなりキツイ。
奥穂高に向けて、最後の難所がここ。かなり急斜面の岩場を登って行く。
ここはよっぽど気合を入れないとクリアできない気がした。
息を整えてから、気力を振り絞って鎖場に取り付く。
難所を登り切ると、なんとも穏やかな風景が広がっていた。
山頂へのプロムナードを噛み締めるように一歩一歩。
左側に目をやれば、通り過ぎるガスの中から、坊主頭のジャンダルムが浮かび上がってきた。
ジャンダルムとはフランス語で "衛兵” の意味だが、まさに立ちはだかるように、そこにいた。
異様ともいえる形状、そして雰囲気を持つ岩峰は、
一度見たら、僕がそうであったように、その心に焼き付いてしまうだろう。
穂高の中でも圧倒的な存在感を放つ姿に、憧れと畏怖の念が押し寄せてくる。
単純な言葉でいえば、ただただ 「カッコいい」。
だいぶ遅い時間だったのでピークに人影は見られなかったが、
多くの人がジャンダルムに挑もうとする気持ちは分かった気がした。
今の僕には、畏怖の方が強すぎるけど。
時刻は15時過ぎ。日が傾き始めて、どこかまどろむような色合いの風景に。
同じペースで歩いてきた人たちが、谷側を覗き込んでいるが…
そう、ブロッケン現象。
薄くガスの巻くこのシチュエーションなら、今日は出会えそうな気がしていたが、
実際に現れると、何故だか嬉しくなってしまう。
一瞬だけ、雲が割れて上高地を見ることができた。
15:15 奥穂高岳・山頂
そして、日本第3位の高峰、奥穂高岳の山頂に立った。
ここだけの話がある。
山頂に到着する直前、なぜか涙が溢れて来てしまったのだ。
自分でもビックリだったわけだが、無事に着いたことの安堵感なのか、達成感なのか?
それとも、あまりに劇的に展開する風景への感動なのか?
自分の実力(主に体力?)からすると、半歩ぐらいはみ出した余裕のない山行だったかも知れない。
そんな中で、山に対する畏怖とか、それを受け止めてくれる山の包容力だとか、
心の奥で色んな思いが巡っている。
厳しくも優しかった穂高の山々。
この日、この山を歩くことができて本当に幸せだったと感じる。
一緒に吊尾根を歩いてきた人たちも到着。
2時間掛けて越えてきた吊尾根と背後に前穂高。
そして、圧倒的な山という存在の前で、人間はやはり小さい。
奥穂の山頂では雲が優勢で、前穂のような大展望にはならず少し残念。
かろうじて常念岳が顔を覗かせていた。
ジャンダルムは現れては消え、また現れるを繰り返していた。
躍動する雲をバックに、ものすごい存在感。やっぱりすごい山だ。
まだ色んな感情が心の中に渦巻いていたが、今日のゴールはここではない。
寒くなって来たし、小屋への到着が遅くなるのもよくないので、長居せずに穂高岳山荘へ向かう。
途中、これまでガスに隠れていた涸沢カールが眼下に。
前穂の北尾根のギザギザもすごい。
以前、涸沢カールから見上げた稜線が、今回は自分の目線と同じ高さにある。
奥穂高からしばらくは穏やかな道が続くけど、
穂高岳山荘の目前、最後の最後のこの急斜面は疲れた足にはかなり厄介だった。
もう一度、しっかりと気を引き締めてなおし、
梯子と鎖場を最大限の注意で下って本日の行程が終了。
到着は16時を少し過ぎてしまった。
平日でも、なかなか賑わっていた穂高岳山荘。
各部屋、定員どおりに詰めていっていたようだが、到着が遅かった僕があてがわれたのは大部屋。
さすがにこの時間に到着する登山客はもうほとんどおらず、6人ぐらいで広々使わせてもらった。
少し休憩した後、せっかくなので夕焼けを見るため、涸沢岳へ登る。
奥穂高とジャンダルムに絡むガスが、ほのかにピンク色に染まっていた。
涸沢岳までは20分ぐらいで、それほど距離があるわけではないが、
疲れが重くのしかかり、頂上まで登るのを断念したの図…
ただ、途中まででも十分に夕景を楽しむことができた。
日没の時間が近づくにつれて、ガスはもう上がって来なくなっていた。
今日の日没は雲の中へになりそうだ。
この角度だと、前穂高が随分と小さく見えて不思議な感覚。
静かにうねる雲の中へ、滑り込むように太陽が沈んで行った。
山の稜線から見送る太陽はいつだって特別に感じる。
残照の穂高。なんだか神々しい。
ジャンダルムの稜線の向こうには雲海と茜色のグラデーション。
今日という日の終わりに向かって、移ろいゆく空の色。
山で過ごすこの藍色の時間が堪らなく好き。
雲の輪郭がぼんやりとオレンジ色に染め上げられた。
遠くに頭を出しているのは白山だろうか?
山荘まで戻って、テラスから夜の帳が降りてきた常念山脈を眺める。
そして、半月に照らされて、穂高の夜が更けていく。
暮れてゆく空を見上げながら、今日、出会った風景の数々に思いを巡らせていた。
でも、夏が終わり、すでに秋本番のように感じる夜風が冷たすぎ、
小屋の中に急ぎ逃げ戻って、辛くも最高の一日が終わった。