稜線に吹く風のむこうへ

その場所だけにしかない風景と出会うために山へ。写真で綴る山登りの記録と記憶。

蝶ヶ岳 - 槍穂を眺める稜線に過ぎゆく時間 (Day 1 ; 2014.5.11)

 

ルート :
(1日目) 三股 → まめうち平 → 蝶ヶ岳蝶ヶ岳ヒュッテ 泊) → 蝶槍
(2日目) 蝶ヶ岳 → 三股 (ピストン)

天候 :
(1日目) 晴れ (微風, ぽかぽか) 
(2日目) 晴れ (雲多め, 風強し)

詳細な山行記録は … ヤマレコ

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残雪の槍・穂高を眺めたい。

5月の登山と言えば、去年までは新緑の中を歩くことが楽しみであったが、
今年は残雪期の山に登ろうと決めていた。

目指すは槍・穂高連峰と対峙する常念山脈である。
天気が崩れさえしなければ雪山ビギナーの僕でも問題なく、経験値を上げることもできそうな山域。
候補は燕岳、常念岳、そして蝶ヶ岳となるが、
本やネットで調べていく中で、どこよりも槍穂の大展望が印象的だった蝶ヶ岳に決めた。

ゴールデンウィークの翌週末、土曜が出勤だったので、日曜と月曜を代休の2日間。
日帰りも可能だと思うが、ここはゆっくり山小屋1泊の行程である。

松本から登山口となる安曇野の三股に向けて車を走らせていると、
まだ雪をたっぷり被ったアルプスが迫ってきて、気持ちが昂ぶる。
途中、道の駅「アルプス安曇野 ほりがねの里」から望んだ常念岳。右側は横通岳だろうか?


国営アルプスあずみの公園から林道を登って行き、終点が三股。
駐車場は思った以上にガラガラだった。(GWの翌週だから?)
正面に見えている稜線がどのあたりなのかは確信が持てなかったが、
とにかく、これからあのレベルまで登って行くのだ。


準備を整えて、6時45分に駐車場をスタート。はじめはウォーミングアップがてらの林道を歩いていく。
空は雲ひとつない快晴で、芽吹き始めたカラマツの新緑を見上げながら進む。


10分ぐらいで登山指導所に着く。この日は無人だったが、しっかりと登山届を提出。
ここから登山道が始まる。
すぐに前常念を経由して常念岳に至る道が分岐していく。


まだ傾斜のほとんどない道をしばらく歩いていくと、吊橋で本沢を渡る。
蝶沢、常念沢を集めて流れる本沢には、雪解けの水が豪快に下っていく。


道沿いには花が見られるようになるが、朝早いせいか、まだ完全には開いてはいない。
キクザキイチゲも寝起き状態みたいだが、これはこれで可愛らしい。

 

このあたりは沢音が心地よく、朝の陽射しが差し込んできて、春の柔らかさを感じる。
小さな沢の流れにあった石は、なんだかハートのマークに見えた。


このキクザキイチゲは淡い青色。


道に少し斜度が出てくると現れたのが、蝶ヶ岳の山行レポではおなじみの「ゴジラみたいな木」。
なるほど、なかなか感心してしまう完成度。


ゴジラに別れを告げて、並木道のように続くカラマツ林を抜けて行く。


だんだんと道は険しくなり、つづら折りで高度を稼ぐようになる。
ところどころで、常念岳の山頂とたっぷりと雪を残した常念沢を木立の間から望むことができた。


いっそう登りがきつくなると断続的に雪が現れはじめた。
ちょうど山頂泊で下山してきたグループとすれ違い、雪の状況を聞くと、
まめうち平から先はずっと雪道が続くので、そこでアイゼンを付けるのがいいだろうとのこと。


アドバイスどおり、まめうち平でアイゼンを装着した。
これも有名な看板だが、“チョリソー” “プー”ってなんだろう?


少し休憩をしたあと再出発。
蝶ヶ岳までの残り3.9km が果てしなく長く、つらい道のりになることをこの時、僕はまだ知らない…

まめうち平からしばらくは傾斜が落ち着き、まだ春浅き森をゆるゆると登って行く。


樹林帯を50分ぐらい黙々と歩くと、蝶沢のトラバースに行き着いた。
しっかりトレースあるけど、狭いので慎重に進む。


トラバース途中から見えた常念岳
早く通過しなければと分かりつつも、しばらく展望がなかったので、写真を撮らずにはいられない。


正念場はここからだった。
天気がいいのは良いが、気温が高く、雪の状態がどんどん緩くなっていく。
トラバースする箇所が多く、しかもブッシュが出始めていたり、なかなか気が抜けない。

樹林帯の中も容赦ない急登が続く…。アイゼンが効きづらく、難儀した。
かなりの急斜面で滑ったら止まらなそう。
そして、どこまでも滑落ということはないだろうが、木に激突する自分が想像できてしまう。
実際にGW中にそういった事故があったそうで、緊張しながら登った。


体力的にもそうだが、何より心が折れそうになりながら、なんとか樹林帯の急登を抜けると
いつの間にか常念岳の高さにだいぶ近づいていた。


とはいえ、ここからは直登方向に向きを変え、まだまだ厳しい登りが続く。
もう、なんだか空まで登りなさいって感じ…


10歩、登っては立ち止まり、を繰り返す状態だった。
でも気持ちは前向き。
このどこまでも青い空のおかげだろうか?
そして、その先の風景が早く見たくなる。

常念岳の後側には、妙高方面の頸城山塊も見えるようになってきた。


なんとか急斜面を登り切ったものの、やっぱりというか、当然というか、容赦なく次が現れた…
目に飛び込んで来たのは、さらにも斜度を増した地獄のような斜面なんだけど…

 

ちょっと息を整えるために立ち止まる。振り返れば、眼下に安曇野の街並み。


さて行くか、と気合を入れたが、
さっき見えた急斜面でなく、こっちの鞍部に向かって登って行くようだ。ちょっと、ほっとする。
これまでに比べたら傾斜は緩い。


芸術的な樹形の間から見る常念岳


ハイマツが現れはじめて、稜線が近いことを教えてくれる。
あのピークが蝶ヶ岳の山頂っぽい。さて、最後のひと仕事。


11:45 蝶ヶ岳・山頂
そして、歩みを進める先に…


ついに槍穂が姿が現した。
ここまで一度も見えずに来て、このシチュエーションは出来すぎというか、
ここまでのきつい登りが報われる瞬間。

思わず駆け寄れば、正面に連なる穂高の稜線。


そして、槍ヶ岳から表銀座まで繋がる大展望に自然と頬が緩んでしまう。


本当に苦労して登って来て、この風景の中に立っている自分。
達成感と幸福感と、ちょっと感動的ですらあった。

涸沢カールを望遠でたぐり寄せれば、まだ一面の雪景色。
去年の紅葉が思い出されるが、この時期はどんな風景が広がっているのだろう?
穂高涸沢岳、北穂高に囲まれたその場所は、特別な空間といった雰囲気を持っている。


それにも増して、やはり槍ヶ岳の存在感は圧倒的でもある。


しばらく槍穂と向き合って、ちょっと落ち着いたら、蝶ヶ岳ヒュッテ前のテーブルでランチ。
お湯を沸かすだけだが、この景色の前なら、何だって美味しいでしょ。


ランチのあと、蝶ヶ岳ヒュッテで宿泊の手続きをする。12時を過ぎているけど、僕が1番目だった。
荷物を軽くして、蝶槍まで稜線散歩に行く。


槍穂の方ばかりに目が行ってしまうが、上高地方面の眺望もなかなか。
焼岳から乗鞍、御嶽と続く。


望遠で御嶽山。少し霞んでいるが、きれいな形の独立峰である。


乗鞍岳もまだ雪深そうだ。
夏はバスで簡単に登れてしまうので、いつか雪のある時期に挑戦したいと思っている。


進む方向はずっと槍ヶ岳を見ながら。のんびりと行く。
槍へ続く表銀座の稜線も、今では明確な目標のひとつとなった。


横尾へ下る分岐点からの槍ヶ岳。もう何枚、槍ヶ岳の写真を撮っただろう。


目指す蝶槍目前。槍と付くだけあって、ちゃんと尖っている。
小さなアップダウンがあるが、ヒュッテからここまで40分。本当に快適な稜線歩きだった。


14:00 蝶槍
蝶槍には“TOP”と書いてあった。
岩に座って、あらためて周りの眺望を見渡す。


常念岳へは、蝶ヶ岳から見たときは、案外、楽に行けちゃうんじゃないかなんて思ったけど、
ここから一度大きく下って、登って…って、かなり大変そう。
でも、いつか歩いてみたい。


望遠で涸沢カール。
昼を過ぎて、岩稜が影を作りはじめたようで、また違った雰囲気になっていた。
良く見ると、光り輝く斜面にシュプールが描かれている。


槍沢には槍ヶ岳を目指すトレースが見える。
あんな雪の急斜面、登るのどれだけ大変なのだろう。これはさすがに一生、縁がないと思う。


十分に眺望を楽しんだあと、槍穂を横目に見ながら、もと来た道を戻った。

お世話になった蝶ヶ岳ヒュッテ。
この日、僕以外はカップルひと組だけ、計3名で貸切状態だった。テン泊もソロの男性のみ。
ちなみに、前日は40人程度だったそうで、GW直後はどこの山もそんなもん?


さて、あとは夕飯まではゆっくり過ごそう。
雪山に泊まったら、やってみたかったこと。雪でビールを冷やして…


槍穂を見ながら、至福のひととき。


風はほとんどないし、思わずウトウトしてしまう、ぽかぽかの午後。
だんだんと陽が傾いてきて、なんだか風景が柔らかく、丸みを帯びてきた。


5時半に夕食。食べ終わって6時を過ぎたら、そろそろ夕焼けの時間のはじまり。
ヒュッテの周りが、ほのかに赤く染まりはじめる。


ヒュッテそばの瞑想の丘で、夕暮れを待つ。


太陽はちょうど大キレットあたりに沈んで行きそうだ。


夕焼け色に照らされる常念への稜線。
少しずつ、でも刻々と山の風景は変わっていく。


真ん丸の夕陽にはならなそうかな。でもきれい。


自然とみんな(といっても4人)集まっていた。
軽く言葉を交わしたが、それぞれ思い思いの時間が過ぎて行く。


キレットの右隅に日の入り。


今日の太陽を見送る。
あの稜線からこの夕暮れを眺めている人もいるのだろうか?


一日の終わり、そして静かに夜が始まっていく。


薄っすらだけど、夕陽が沈んでいった場所に、縦に光の筋が浮かび上がっていた。太陽柱


穂高には少しずつ闇が迫ってくる。


槍の向こう側がほのかに焼ける。


常念の空は藍色に。
夜に向かう時に現れるこの色は、大好きな色のひとつ。


思えば、山の稜線で夕暮れの時間を過ごすのって、初めてだったっけ。

この日の夕焼けは、ものすごく焼けるという感じではなく、
山の上では晴れていれば、もしかしたら日常的な風景なのかも知れないけど、
今日と同じ夕焼けは絶対に存在しない。

普段、そんなことを意識することもないけど、当たり前のことだけど、
山にいると、その一瞬、一瞬がその時にしかない瞬間で、そのどれもが大切なものなんだって気づく。


今日の日の余韻を噛みしめながら、最後の一枚を切り取った。

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(1日目) 三股 → まめうち平 → 蝶ヶ岳蝶ヶ岳ヒュッテ 泊)
(2日目) 蝶ヶ岳 → 三股